世界を変えた書物展@上野の森美術館

9/14に世界を変えた書物展に行ってきました。
新しい仕事でドタバタしていましたが、一応1回は文化の香りに触れられたので満足です。

実はこの展覧会、度々記事に書いているニコ美がなかったら確実に気づかなかった展覧会でした。
ついにチャンネルもできたので非常に嬉しいです。
遠方の展覧会も解説付きで観ることができますし、ニコ美がもっともっと盛り上がってくれたらいいなと思いますね。
ニコニコ美術館 (ニコ美) - ニコニコチャンネル:社会・言論

というわけで世界を変えた書物展です。
公式サイトは以下から。
[世界を変えた書物]展 人類の知性を辿る旅|金沢工業大学

無料でこの量の稀覯本、しかも全て初版を観られるという贅沢の極みのような展覧会でした。
ニコ美だけでなくTwitterでも様々な情報発信がされていたので、金曜の閉館間際でしたが結構な混み具合でした。
それでも、全て写真可の展示会でしたが、流れに沿っていれば問題なく目当てのものは観られるし撮れる、くらいの混み具合だったのでストレスは感じなかったですね。

悲しいことに「数学がダメな子」(by橋本麻里さん)だったためにもれなく理系分野は全滅気味だったのですが、ニコ美の予習のおかげもあって楽しく観ることができました。


コペルニクス「天球の回転について」1543年、ニュルンベルク、初版

西洋占星術の世界が好きなので、この図にはときめきましたね。

太陽(sol)という文字が読めたり、月が三日月のマークになっていたりということくらいしかわかりませんが、それでも情報が後世に伝わっているという点において、やはり活版印刷による書物の力というものは情報伝達の上で相当に革新的だったのだと思いました。


メンデル「植物=雑種についての研究」1866年、ブリュン、初版
これは東京展特別枠でしたでしょうか…かの有名なエンドウマメの実験の本ですね。
生物選択でしたが、遺伝関係は唯一得意だったので懐かしかったです。
原典が観られるとは高校生の頃には当然思いもしなかったので、本当にいろいろなことが一期一会だなとしみじみしてしまいました。

美術の面から観る世界を変えた書物展

これを会期中に書きたかったのですがガッツがありませんでした。無念。

もともとこのコレクションが金沢工業大学の「工学の曙文庫」のものなので、今回も科学・物理・数学・工学などのいわゆる理系分野のものが13分野に分けられた上で多数展示されていました。

こんな感じでそれぞれの本の相関関係が分かるようになっていました。
ちょっとCivilizationシリーズのテクノロジーツリーを連想させます。
横長なので全体を収められなかったのですが、最終的に13分野のほぼ全てがアインシュタイン一般相対性理論の基礎」に(ひとまず)行き着くんですね。
未知の世界ですが、アリストテレスギリシア語による著作集」に始まり、脈々と知識が受け継がれていく様にとてもわくわくしました。

ですが、この中には理系分野だけではなく美術の面からも興味深い著作がたくさん展示されていました。

デューラー「人体比例論四書」


アルブレヒト・デューラー「人体比例論四書」1528年、ニュルンベルク、初版

版画家として有名なデューラーの芸術理論書です。
写真がいまいちなのですが、左ページの図はデューラーが人体をより正確に描くために人体の様々な部分の比を表しています。
偶然、いつもの「1日1ページ、読むだけで身につく世界の教養365」でデューラーが晩年に芸術理論への関心を深めていたことを知ったばかりの状態でこの展覧会に行ったのですが、ここまで緻密な芸術理論を展開しているとは思わなかったので衝撃的でした。
繰り返しになりますが、やはり現物を観てみないと知り得ないことってたくさんありますね。

あとは序盤に建築関係の書物が結構しっかり固められていたので、詳しい方はそのエリアだけでも幸せなのではないかなと思いました。

ガリレオ・ガリレイ星界の報告」


ガリレオ・ガリレイ星界の報告」1610年、ヴェネツィア、初版

望遠鏡を自作し月のクレーターの詳細にスケッチしたこの書物は、美術における天体の描き方(描かれ方)をも変えるほどのインパクトを与えました。
ガリレオ自身が画家のルドヴィコ・チーゴリ(1559-1613)と交流があったため、彼の描いたサンタ・マリア・マッジョーレ聖堂の《無原罪の御宿り》の月にはクレーターが描かれています。

※例によって藤田治彦『天体の図像学ー西洋美術に描かれた宇宙』を参照しています。
画像はIl Cigoli e la sua Immacolata Concezione con la luna di Galileo nella basilica di Santa Maria Maggioreから。

ゲーテ「色彩論」


ヨーハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ「色彩論」1810年、チュービンゲン、初版

ゴッホが読んでいた(かもしれない)本です。
なにかとゴッホへの愛を叫んでいるこのブログでは何度か引用していますが、書簡の中にこのゲーテの「色彩論」の色彩環を思わせる文章が出てきます。

それで赤-青-黄-オレンジ-紫-緑、六原色に均衡を与える頭脳の仕事からひとりで帰ってくるとき、ぼくは、呑ん平で気が狂っていたというあのすばらしい画家モンティセリのことをじつによく心に思い浮かべる。(書簡507、1888年7月)

もともとこちらの本は、ニュートンの光学論に対抗して書かれたという経緯があります。
(そちらの本も来ていましたが写真を撮りそびれました…)

ニュートンの光学論と大きく異なるのは、光だけでなく闇という概念を用いていること、そして、色彩が人間の精神に与える影響について述べているという点です。

「色彩論」のWikipediaにもわかりやすく載っているのですが、

ゲーテは光に一番近い色が黄、闇に一番近い色が青であるとする。

光に近い色である黄色、そしてそれに近い橙などはプラスの作用、すなわち快活で、生気ある、何かを希求するような気分をもたらす。闇に近い色である青、そしてそれに近い紫などはマイナスの作用、すなわち不安で弱々しい、何かを憧憬するような気分をもたらすとゲーテは言っている。

など、ゴッホが《夜のカフェ》で「ぼくは人間の恐ろしい情念を赤と緑で表現しようと努めた」(書簡533、1888年9月8日)ような、色彩が人間の感情にもたらす効果について強く意識していたことを踏まえると、やはりゲーテの影響は無視できないのかな、と個人的には思います。
実際に読んでいたかどうかまでは書簡では伺えないのが惜しいところですね。


ゴッホ《夜のカフェ》1888年、イェール大学美術館

「光に一番近い色が黄、闇に一番近い色が青であるとする」なんて読んでしまうと、《星月夜》なんかもまた違ったニュアンスを帯びてくるようにも思いますね。


ゴッホ《星月夜》1889年、ニューヨーク近代美術館

④ ジョルジョ・ヴァザーリ 「最も優れた画家、彫刻家、建築家の生涯」

東京展特別展示で、美術史を語る上で絶対に外せない、いわゆる「列伝」が来ていたのですが、ここでまさかの閉館時間が来てしまい写真撮影を逃すという大失態を犯しました…

ミケランジェロと理想の身体展でも今回の展示と同じく1568年の増補改訂が展示されていたので、物自体を観るのは2回目だったのですが、せっかくなので記念に残したかったです。

そしてこのエントリを書きながら気づいたのですが、本展会期中の9/8-24の間だけは上野の地に「列伝」が2冊あったことになります。
ものすごくゴージャスな事件がひっそりと起きていたのですね。